「ロレックスは値段が落ちない」「オメガは資産になる」。この言葉、私たちは何度耳にしてきたでしょうか。バブル期の不動産神話と同じく、高級時計の世界にもこの種の「定説」が根強く生き残っています。しかし2022年の市場ピーク以降、データはまったく違う物語を語り始めました。
「リセールバリュー通信」主席アナリストの高坂です。私は元証券アナリストとして金融市場を分析してきた立場から、長年「モノの価値」を株式や為替と同じロジックで読み解いてきました。中でも高級時計市場は、感情と合理性が激しく交錯する興味深い対象です。
この記事では、2026年5月時点の最新データを軸に、ロレックスとオメガの中古相場が実際にどう推移してきたのかを冷静に検証します。神話を盲信するのでも全否定するのでもなく、「どこまでが真実で、どこからが幻想か」をデータで切り分けていきましょう。読み終えたとき、あなたの手元にある一本、あるいはこれから手に入れたい一本の見え方が変わっているはずです。
目次
「高級時計の価値は落ちない」という神話の正体
神話を支えてきた3つの構造的要因
まず、なぜこの神話が生まれたのかを整理しておきます。高級時計のリセールバリューが他の工業製品と決定的に違う理由は、大きく3つあります。
- 生産本数が制限されており、需要に対して常に供給不足が起こりやすい構造
- 機械式という古典技術が「時代遅れになりにくい」という稀有な特性
- ブランド側が中古市場の価格形成に間接的に関与してきた歴史
家電や自動車は、新品の登場によって旧モデルが急速に陳腐化します。一方、機械式時計は10年前のモデルでも「現行と同じ価値観」で評価されます。むしろアンティーク化することで価値が増すケースさえあります。これは他の工業製品にはない、極めて特殊な性質です。
神話が試された瞬間:2022年ピーク後の急落
ところが、この「価値が落ちない神話」は2022年に大きな試練を迎えました。コロナ禍の金融緩和で市場に流入したマネーが高級時計に集中し、ロレックスの主要モデルは前年比で40%も指数を押し上げる異常な高騰を記録します。ところが2022年3月をピークに、相場は一転して下落へ。Business Insider Japanの「ロレックスの中古価格、2年以上にわたって下落」によると、WatchChartsのロレックス・マーケット・インデックスは9四半期連続で下落し、2021年初と比べて中古流通量は4倍に膨らんだといいます。
具体的な下落幅は決して小さくありません。デイトジャスト41 Ref.126334は2022年12月に約192万円だった相場が2025年には約143万円へ。サブマリーナー Ref.16610は156万円から120万円へ。コスモグラフ デイトナ Ref.116500LNに至っては、ピークの約470万円から360万円まで、110万円分の調整を経験しています。
「高級時計は値段が落ちない」という神話は、ここで一度、明確に否定されました。
「平均的な真実」と「個別の真実」のあいだ
ただし、ここで一段深く読み込む必要があります。ロレックスの中古市場全体は確かに調整しましたが、「3分の2以上のモデルは依然として小売価格より高い」状態は崩れていません。つまり「全体平均としては下落、しかし個別モデルでは依然プレミア」という二重構造です。
神話を全肯定することはできない。しかし全否定もできない。ここから先の議論は、ブランド単位ではなくモデル単位で見ないと意味がありません。「ロレックスだから上がる」「オメガだから下がる」という雑な括りでは、現実の市場を捉え損なうのです。
2026年現在地、データで読み解く高級時計市場
ブルームバーグ・サブダイヤル指数が示す回復基調
2025年は、調整相場が底を打った年として記憶されることになりそうです。最も取引量の多い50本のモデルを追跡するブルームバーグ・サブダイヤル・ウォッチ指数は、2025年通年で8%上昇。2026年の年明けには、過去2年以上で最高水準まで回復しました。
この回復は、単なる短期的な反発ではなく、構造的な要因に支えられています。スイス時計産業連合(FH)の統計データによれば、2025年のスイス時計輸出総額は256億スイスフラン(約4兆6,000億円)で前年比1.7%減でしたが、12月単月では前年同月比3.3%増とプラスに転じ、4ヶ月続いた落ち込みからの回復を示しました。一次市場の調整が一巡し、二次市場に資金が戻り始めている兆候です。
ブランド別パフォーマンス(12ヶ月推移)
中古市場のパフォーマンスは、ブランドによって明確に分かれています。2026年2月時点のブルームバーグ・サブダイヤル指数のブランド別データをまとめると、次のようになります。
| ブランド | 過去12ヶ月の変動率 | 主な牽引要因 |
|---|---|---|
| パテック・フィリップ | +16.2% | ノーチラス、アクアノートの希少性 |
| チューダー | +11.4% | スポーツモデルの実用需要 |
| ロレックス | +7.9% | 主要スポーツモデルの安定 |
| オーデマ・ピゲ | +3.4% | ロイヤルオークの底堅さ |
| オメガ | +1.3% | 全体安定、限定モデル牽引 |
| ブライトリング | -1.1% | 過剰在庫の調整局面 |
注目すべきは、回復のドライバーがパテック・フィリップなど「ドレス系・希少系」に移っている点です。コロナ禍の高騰を演出した「ステンレス・スポーツ・モデルの投機熱」とは性質が異なります。
米国関税が変えた中古市場の構造
もう一つ、見逃せない構造変化があります。米国の対スイス時計関税です。歴史的に0〜2.5%だった関税は、2025年8月に一時39%まで引き上げられ、同年11月の枠組み協定で15%に落ち着きました。これでも歴史的水準と比べれば極めて高い数字です。
この関税は、新品スイス時計の米国向け価格を押し上げる一方、すでに米国内に流通している中古品には適用されません。結果として、新品との価格差が拡大した中古市場が「構造的勝者」となりました。Le Watch Buyersのレポートでは、2025年の二次市場で主要ブランドの取引額が前年比20%以上の成長を記録したと報告されています。
ロレックスの場合、2026年1月の定価改定でステンレスモデルが6〜7%、ゴールドモデルが10%前後値上げされました。新品定価が上がれば、当然中古相場の天井も押し上げられます。神話の復権ではなく、外的要因による市場の再構築が起きているのです。
ロレックスの最新リセールバリュー
2026年4月時点の中古相場と「V字回復」
国内市場に目を向けると、ロレックスの中古相場は2026年4月時点で平均約291万円。前年同月比+16.76%と、調整局面から明確な回復を示しています。コロナ禍の異常な高騰相場には及ばないものの、長く続いた下落トレンドは底を打ったと判断していいでしょう。
主要モデルの足元の相場感は、おおむね次のようになっています。
| モデル | 参考相場(2026年4〜5月) | 特徴 |
|---|---|---|
| デイトナ Ref.116500LN(白文字盤) | 約500万〜520万円 | 廃盤後も需要強く、V字回復の代表 |
| デイトナ Ref.126500LN(白) | 約600万円前後 | 定価改定後も実勢でプレミア継続 |
| GMTマスターII Ref.126710BLNR | 約300万円前後 | 安定的に高値推移 |
| GMTマスターII Ref.126710BLRO | 約370万円前後 | ペプシベゼル人気で高プレミア |
| サブマリーナ Ref.126610LV | 約238万円〜 | スターバックス愛称で需要厚い |
| サブマリーナ Ref.126610LN | 約223万円〜 | 定番中の定番、底堅い |
特筆すべきはデイトナ Ref.116500LNです。2022年10月の470万円から2025年に360万円まで沈みましたが、2026年5月には500万円台へ回帰しました。廃盤モデルの希少性、定価改定による天井引き上げ、関税要因の3つが重なった結果と考えています。
値下がりしたモデル・値下がりしなかったモデル
ロレックスのなかでも、調整の影響を受けやすいモデルとそうでないモデルははっきり分かれます。私の分析では、以下のような線引きが妥当です。
値下がりしにくい代表モデル
- コスモグラフ デイトナ全般(定価約235万円に対し買取相場約480万円、約2倍水準)
- GMTマスターII(定価の約1.8倍前後で取引)
- サブマリーナの定番Ref.(126610LV/LN、126613LB等)
- エクスプローラーII Ref.16570(当時定価50〜60万円→現在95〜100万円)
調整の影響を受けやすかったモデル
- デイトジャスト41 系(特にステンレス+シルバー文字盤の通常モデル)
- スカイドゥエラー(一時投機色が強かった反動)
- 流通量の多い世代落ちサブマリーナ(Ref.16610など)
ポイントは「希少性×実用性×ストーリー性」の3要素のバランスです。この3つがそろっているモデルは投機マネーが引いても底値が硬く、逆に「現行品×大量流通×汎用デザイン」という組み合わせは、ブームが去ると素直に調整します。
認定中古(CPO)拡大が相場に与える影響
2026年の市場を語るうえで欠かせないのが、ロレックスの認定中古(CPO)プログラムです。日本では2024年11月に表参道の正規ブティックで国内初の取扱いが始まり、2025年5月には対象が「製造から3年以上」から「2年以上」へ拡大されました。Hodinkee Japanの「ロレックスがCPO規定を変更」によれば、これは「中古ロレックスへの需要の高まり」を受けた対応です。
CPOプログラムの市場インパクトは小さくありません。2025年第2四半期だけで、CPO正規販売店は非CPO業者比+30%のプレミアム価格でロレックスを販売し、総売上は1億2,000万ドル(約175億円)に達しました。この「公式お墨付き価格」が中古相場の天井として機能し始めています。
短期的にはCPO価格が下値支持となり、相場の安定要因となるでしょう。ただし長期的には「並行新品」「高年式中古」「個人売買」といった非CPOチャネルの相対価値を押し下げる可能性があります。買い手としては「どのチャネルから入手するか」、売り手としては「どこに売るのが最も合理的か」を、より戦略的に考える必要が出てきます。
オメガの最新リセールバリュー
オメガ全体のリセール傾向
ロレックスと並んで論じられるオメガですが、その性格はかなり異なります。私の見方では、オメガは「派手なリセール益を狙う対象」ではなく、「下落耐性の高い実用資産」として位置づけるのが正解です。
人気モデルを中心に、新品定価の50〜70%程度で中古取引されるのが標準的なレンジ。ロレックスのように「定価超え」が常態化することはまれですが、購入後数年経っても極端に値を崩さない安定感が魅力です。
ブルームバーグ・サブダイヤル指数のデータでも、オメガは2026年2月時点で過去12ヶ月+1.3%。派手な値上がりはありませんが、安定的にプラス圏で推移しています。
「定価超え」が定着するスヌーピー系
その一方で、オメガにも明確な「プレ値モデル」は存在します。代表格はスピードマスター スヌーピー アワードのシリーズです。
- 第2世代(45周年/Ref.311.32.42.30.04.003、世界1,970本限定):定価766,800円、実勢相場700万〜900万円(定価の約9〜11倍)
- 第3世代(50周年/Ref.310.32.42.50.02.001):2026年4月時点の定価1,683,000円、実勢相場230万〜260万円
- 通常生産品でも、ヴィンテージのRef.3570.50は当時の定価約10万円台が現在63万円前後
スヌーピー系がここまで強い理由は、宇宙開発という歴史的ストーリー、限定生産による希少性、そしてキャラクターによる文脈の強さです。これは「機能的価値」ではなく「文化的価値」が値段を支えている典型例で、株でいえばナラティブ銘柄に近い性格を持ちます。
シーマスター ダイバー300Mやスピードマスター プロフェッショナル ムーンウォッチ(Cal.3861)も、定価対比で安定したリセールを示すモデルとして覚えておく価値があります。
2026年3月の値上げ改定と中古市場への波及
オメガは2026年3月1日に価格改定を実施しました。今回はゴールドモデルのみの値上げで、改定幅は2.2〜6.5%。前回の2025年8月1日改定では全現行品が約3%値上げされていますから、過去1年で連続的な定価引き上げが続いている計算です。
直接的な要因は金価格の高騰です。2025年に金価格は約70%上昇したと言われ、貴金属を多用するモデルほどコスト圧力が強くかかっています。ステンレスモデルが今回据え置かれたのは、原材料コストの直接的な影響が小さいためです。
中古市場への波及は、すでにじわじわ顕在化しています。新品定価が上がれば、相対的に中古品の割安感が強まり、買取相場も連動して上がりやすくなる構造です。特にスピードマスター プロフェッショナルやシーマスター ダイバー300Mのような定番ステンレスモデルは、定価据え置きでも中古相場が緩やかに上昇する局面が続いています。
ロレックスとオメガ、資産性の違いを比較する
ここまでのデータを整理すると、ロレックスとオメガの「資産としての性格」は、似て非なるものだとわかります。ポートフォリオの考え方を借りるなら、ロレックスは「値動きはあるが期待リターンも大きいリスクオン資産」、オメガは「ボラティリティの低いディフェンシブ資産」に近いポジションです。
| 比較軸 | ロレックス | オメガ |
|---|---|---|
| 流動性 | 極めて高い(買取業者の取り合い) | 高い(定番モデル中心) |
| 価格安定性 | 中(投機マネーで上下動大) | 高(緩やかな推移) |
| 平均リセール率 | 多くのモデルで100%超 | 50〜70%が中心 |
| プレミア発生頻度 | 高い(複数の現行モデル) | 限定的(スヌーピー等) |
| 値崩れリスク | モデル次第で大 | 小〜中 |
| 適した付き合い方 | 戦略的売買・資産運用視点 | 長期愛用・実用優先 |
「どちらが優れているか」ではなく、「自分の購入動機と保有期間に合うのはどちらか」で選ぶのが合理的です。短期間で売却益を狙う前提ならロレックスのコアモデル一択ですし、10年単位で愛用しつつ適正価格で売却したい人にはオメガの安定性が向いています。私自身は両方を運用していますが、それぞれ役割を分けて考えるようにしています。
2026年以降の見通し、3つの注目ポイント
ドレスウォッチ・貴金属モデルへの主役交代
2026年以降の市場を読むうえで、最も大きなトレンド変化はここです。Hodinkee Japanが指摘するように、回復局面の主役はステンレスのスポーツモデルから、貴金属を使ったドレスウォッチや希少なコレクションへ移っています。代表例がパテック・フィリップやロレックスのデイデイトです。
実際、Bloombergによれば、2026年1月にロレックス デイデイトでは「金よりプラチナのほうが安く取引される」という珍しい逆転現象まで観測されました。コロナ禍の主役だった「ステンレス×スポーツ×投機」の組み合わせは一段落し、文化的価値や希少性に裏付けられたモデルが評価される、より成熟した相場へとシフトしつつあります。
短期の派手な値上がりを狙う時代から、文脈と物語のあるモデルを長く保有する時代へ。これは時計市場のあらゆる場面で意識すべき大きな変化です。
認定中古ビジネスの拡大
ロレックスに続き、オーデマ・ピゲも2026年に独自のCPOプログラムを開始する予定です。リュクスコンサルトの試算では、二次流通市場の規模はすでに約250億ドルに達し、最終的には500億ドル規模の一次市場を追い抜く可能性すら指摘されています。
この流れは、買い手にとっては「真贋・状態保証付きの安心市場」の拡大というメリットがある一方、売り手にとっては「並行新品プレミア」が縮小するリスクを意味します。「正規店で買って数年後に並行店へ高値で売る」という従来モデルは、ブランド側が公式中古に参入することで利幅が圧迫されていく公算が高いと見ています。
マクロ経済要因(関税・為替・金価格)
最後に、忘れてはならないのがマクロ要因です。2026年5月時点で意識しておくべきは、次の3点です。
- 米国の対スイス15%関税が当面継続する前提で、新品価格が高止まりすること
- 円安基調が続く限り、海外相場の上昇が日本国内の中古相場に直接反映されやすいこと
- 金価格が高水準を維持する限り、貴金属モデルの値上げは続くこと
特に円安局面は、海外バイヤーにとって日本の中古時計が割安に映る要因です。国内の良質な中古ロレックスやオメガが海外へ流出する動きは2024年以降目立っており、国内ユーザーから見れば「売り時」のサインとなる場面も増えています。
まとめ
「高級時計の価値は落ちない」という神話は、2022年以降のデータが示す通り、無条件には成立しません。しかし、神話が完全に崩れたわけでもない、というのが2026年5月時点の正確な現在地です。
整理すると、本記事の要点は次のとおりです。
- ロレックスの中古相場は2022年ピーク以降、約25%調整したが、2025年に底打ちし2026年は明確な回復基調
- ブルームバーグ・サブダイヤル指数は2025年に+8%、ロレックス+7.9%、パテック+16.2%と主要ブランドはプラス圏に復帰
- ロレックス内でも「希少性×実用性×ストーリー性」を備えたデイトナ・GMT・サブマリーナは下落耐性が高い
- オメガはロレックスほど派手ではないが、定価の50〜70%水準で安定推移する「実用資産」型
- 米国関税、認定中古プログラムの拡大、金価格高騰など、構造要因が中古相場を支える局面が当面続く
データは、神話を信じるためにあるのではなく、神話を点検するために存在します。あなたが今、手元の一本を売るべきか保有すべきか、これから買おうとしている一本に資産価値を見込んでいいのか。判断のヒントは、ブランド全体の評判ではなく、モデル単位の構造分析の中にあります。
市場は常に、需要と供給のバランスを映し出す鏡です。その鏡を曇りなく読み解く者にこそ、リセールバリューという果実はもたらされます。次回もまた、データに語らせる地点から、あなたの「資産」価値を最大化するヒントをお届けします。








